25年のメンヘラから生き返った人 

メンヘラだった私の闘病記

拒食症で20キロ台だった私が15歳の頃に感じていた事【治った理由②】

続きになりますが、治った理由というか感じていたことや時系列的なものです。
入院中に拒食から過食になって、半ばやけになっていた中学2年生から3年生の事です。
 
2.私も学校へ行きたい。そして友達が欲しい【過食から過活動】
 
多くの人にとって、当たり前の学校に行かず、小学校・中学校が数年経過していたので、
同世代がキラキラしてて、私もそんな風に生きようと思った。
なお、ボランティアの大学生はチャチャラ楽しそうに見えた。
 
ある日、病棟を脱走してて、その途中の病院内の敷地で思いっきり転んだんですね。体がカスカスだったから、もうめちゃくちゃ地面が痛かったんですよ。
 
「痛い!痛い!」って感じで、唸りながら這い上がって。
っても、敷地内での散歩なので、周りの散歩してた患者さんが、
少し「おおやべーぞ」みたいにざわざわしてて、
なんとか膝立にまでになって歩き出したら、道の反対側に、同世代か2,3個下の生徒さん達が朝練用に通学していたんですよ、楽器を持って、2人で。
なんか、ただただその光景が眩しすぎて。
 
制服も綺麗だし、友達同士で学校行ってるし、部活もしてるみたいで、
高い楽器もってるし(その時は、楽器とか知らないので、かっこいい荷物だなくらい)
 
まぁ、よくあるありふれてる日本の学生の風景です。
 
一方、自分は、服はボロボロだし、昨日はゴミ箱漁っちゃったし、
補導もされちゃったし、髪も半年くらい洗ってないし、友達もしばらくいないし、
勉強も分からないし、学校もしばらく行ってないし、
親からも見放されてて、学校へ行くために身なりを整えるようなお金もかけてもらえそうになかったし、性格も僻みっぽいとか言われてたし。。。。
さっき転んで、ありえないくらい痛いし、これで学校へいっても体育なんてできなし
なんか全てが痛々しかった。
 
「あーーーー自分って、惨めだなーーーー」
 
心底そう思ったんです。
 
で、過食に転じて体が大きくなっていく過程で、そこまでキラッキラの女子高生になるのは無理だけど、
死ぬ前に、学校に行って、綺麗な制服を着て、勉強して、部活やって、友達が欲しい、死ぬ前に貯めてたお年玉を使い行きって食べて遊んで死んでやる!!!
 
今死んだら、母さんに入って、妹や弟ために使われてしまう!!
 
ただただ、そう思ったんです。
並の学生生活をしてみたい、そのくらい許されるだろう(高校へ行くのなら、親もお金だしてくれるだろう)そう思ったんです。
 
隣の病棟の骨折した中学生らには、花や千羽鶴があって、週末には学生さんらしい人や家族がお見舞いに来ていたりしたし、
同室の小学生の子には、毎日お母さんが来てて、何のために来てるのかって、
食後の散歩のためだけに来てたリ、たいして酷くもないのに、(失礼)
 
7歳くらいまでの子どもの入院には、両親とは別に祖父母が出入りして寝泊まりして、
たった一人の子に対して何人、なんのために来てるのか、人数が多いからって、治るわけじゃないのに(失礼)っていつも感じていて。
 
これも、まったくもって当たり前の見慣れた入院の光景ですが、
 
2件に渡って、何年も入院してたので、同世代や、違う病気の子供達を見てて、
「一人でずっといるって珍しいんだ(・ω・`)」とか、看護婦さんや婦長さんが、どの病院でも「特別だから」と言って交換日記をしてくれたり、
必ず毎年研修の若い優しい看護師さんや、研修医や、心理学の研修医や、
どんだけどんだけ病院側に特別扱いされても、どんだけどんだけ研究してもらって、解析してもらって、特別扱いしてもらっても、私も含め、頭で分かっても、
すごく心がぽっかりしたままだった。
 
入院しても親が優しくしてくれる訳じゃないし、
病院側に優しく特別扱いされても、満たされる訳じゃないんだなって感じていました。
 
親への情愛は望めないけど、私だって、せめて友人と言える人がいてもいいんじゃないかなって感じたのです。入院中に見舞いに来てくれる人がいてもいいんじゃないかとか。
 
大学は、すんごい楽しそだけど、学力も学費も色々と無理そうだけど、
高校くらいは行きたい!!!!
そうこうしているうちに、体重が30キロを超えて、中学3年になり、
退院して、新しい転校先のクラスへ行って(入院中に親が離婚していたので)
あとは自然の流れで、夏休みからいわゆる受験生的な学生生活を始めました。
 
ガツガツ勉強しているうちに、体重を以前ほど過度に気にする事はなくなり、
で、まぁオール1とかなんで、オール3くらいまでは上がって、
それを褒められたりするうちに、
ちょっとだけ自信になって、な感じで、いい具合に過活動と受験勉強が合致して、高校からは、全く知らない人達に入って行きました((笑))
 
さすがに、退院してから中学卒業まで、半年くらいで20キロくらい増えたりで、
ヒソヒソ言われたり、急に成績あがって、ひがみをいっぱい受けたけど、そうゆうのも含めて、
 
学校へ行く前の悩みが「食べ過ぎて体重が増える」とか「父さんと母さんが病室で喧嘩して困る。面会室でやってくれ。看護師やおばぁちゃんにヒソヒソされる。」とか、「母さんが憎くて死にたい」とか、「早く死にたい」とか、必要ない人には必要ない悩みでしたが、
 
同世代のコミュニティに入ってからは、
「○○君からテスト内容に関して、話しかけられたら、
その子の事が好きな△さんから妬まれた。」とか、
単純に「歴史の漢字が読めない」とか、「友達がいなくて、なんか浮いてるみたい」とか、悩みの種とか、質が年相応のものだったなと感じます。 
 
あくまで思い返してってだけで、それはそれで充分に辛いものだったのですが。
長くなったので続きます→